答えではなく、発見を。

2026/6/26

あるリノベーション会社のSNS運用を進めていた時期、

手が止まった。

コンテンツは作っている。情報も届けている。

でも何かが違う、という感覚がずっとあった。

その違和感を言葉にできないまま、

そのうち、自分がSNSを開く瞬間を観察するようになった。

答えを探しに行っているのか。いや、そうじゃない。

何か新しいものに出会いたい、という期待で開いている。

気づいたら時間が経っていた、という体験の多くは、発見があった時だ。

ジャンルは関係ない。

コーヒーでも建築でも映像でも、根底にあるのは発見への期待だと気づいた。

フォローとは情報収集の手段ではないと思う。

このアカウントがこれからも何らかの発見を与えてくれる、という期待の表れだ。

だとすれば、答えを届けることに集中したコンテンツは、

フォローされる理由にはなりにくい。

有益ではあっても、また見たいとは思われない。

その気づきから、違和感の正体がわかった気がした。

自分が作っていたのは「答えのあるコンテンツ」だった。

疑問に応える、比較する、解説する。それは確かに役に立つ。

でも、それだけでは人の視野は広がらない。

視野が広がる瞬間というのは、自分がまだ知らなかった見方に出会った時だ。

価値観を壊したいわけじゃない。対立構造を作りたいわけでもない。

そうじゃなくて、視野の外にあるものを見せたい。

「そんな見方があったのか」という瞬間を作りたい。

これはSNSの話だけじゃないと思っている。

映像も、写真も、デザインも、今はまだ知らない人たちの視野の外にあるものを、

何らかの形で作品として届けること。

答えを渡すより、視野を広げること。

それが自分のクリエイティブの中心にあると、その時気づいた。

HAORU DESIGNjournal

答えではなく、発見を。